「思い出」の保管場所

ここでは、「「思い出」の保管場所」 に関する記事を紹介しています。
早いものでそろそろゴールデンウィーク。
明日からという方もいらっしゃることでしょう。

私たちは、仕事の入りにくいこのタイミングを活かし、
妹宅のリフォームをすることになりました。

今回は満を持しての『子供部屋捻出』リフォーム
(なにせ条件が厳しくて…)
なので、妹も気合が入っていて、今日は仕事を休んで朝からずっと
工事に向けて荷物を整理していたようです。

「頑張ってくれてるね~」と、電話で話していると、

「お姉ちゃん、押入れ片付けてたらお姉ちゃんの小学校の卒業証書が
 出てきたけど、どうする?」


(なんで、妹の家にあるんやろ…と思いつつ)

「どうするって? まあ、取りに行くわ」

「あ、要るの? あたしは捨てるけど」と妹。

「え? 捨てるの?」

「だって、小学校のだよ? まずいらんやろ。
  求人に応募するときでも小学校のなら関係ないし。
  きっとまた押入れにしまったままになるで」

「う~ん。でも、捨ててしまうのもなぁ…
  私は、デジカメで撮ってから捨てようかな」

「へぇ~なるほど。お姉ちゃん、そんなことするの」

「うん。昔は気に入っててよく着てた服とか、靴とか
  愛着あるやんか~。なかなか捨てにくい時は、写真撮ってから
  捨てたらふんぎりつくねん。
  
  あんたもな、子どもの図工の作品とか絵とかもたまってきて
  捨てるのもな~って迷ったら、写真撮っといたら捨てやすいよ」

「ふ~ん。聞いとってよかったわ」

ということで、本当にモノって捨てられないもんだな~
と思っていたら、ある本を思い出しました。

ホームページでも私の「仕事の上でのバイブル」と書いていますが、

建築家の渡辺武信さんの「住まい方の思想」という本です。

この本の12章「収納」というところで、渡辺氏がもはや哲学とも
いえるほど掘り下げて、人は収納(というより収納されるべき「物」)に
何を求めているか、収納がどうあるべきか、を書いていらっしゃいます。

その中で、(部分的な抜粋ですが)

「ぼくたちの生を支えているのは、決して“絶対必要なもの”
 ばかりではない。それは実は数多くの“なくても済むもの”に
 支えられている。」

「自分が読んだ本なら、たとえ二度と開くことがなくても、
 それを持っていることが時間軸の中における自己表現、
 つまり個人史の確認となってぼくたちの生を支えるのではないか。
 おなじことは二度と聴かないであろうレコードについても言える。…」

と書いていらっしゃいます。

そして、

「しかし物を捨てることは、ある意味では思い出を捨てていく
 ことである。そして思い出なしに生きていけるほど強い人間は
 少ない。」

だからこそ、渡辺氏は「思い出の住める家」つまり、たくさんの
「ものたち」を実用的なものはもちろん、実用的ではなくても
人にとって大切なものを収納できるスペースを持った家が必要だと
説いていらっしゃいます。

人にも依るのでしょうが、私は渡辺氏のこの哲学にとても共感するのです。

(賞状一枚が捨てられない。片方なくしたイヤリングが捨てられない。
 映画のパンフレット、本…捨てられません)

このようなことを考えながら、妹宅のプランを眺めると、
姪っ子たちの青春時代の思い出を、ひっそりと包み込んでいってくれる
部屋かどうか…

さて、今日の記事は…
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5 私の場をつくるということ
5 人生を表現する家




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